母子分離不安(1)はじまり

toto

分離不安。
その言葉を初めて耳にしたのは
長男が1年生のときだ。


保育園の頃から人見知りが激しく、
感受性も強い長男は、
事ある毎に、泣くことで不安を表現してきた。
それは卒園する頃まで続いた。


なのに一転。
小学校入学後は泣くこともなく
毎日元気に登校できており、
わたしは内心、拍子抜けしたのだ。

しかし、嵐の前の静けさだった。



元気に登校しているように見えていたのは、
長男が極度の緊張状態になっていただけだった。

保育園時代までは「泣けていた」のに、
「泣く余裕もなくなっていた」のだ。


その糸が切れたのが
その年の夏休み明けだった。



学校へ行きたくないと断末魔のように叫び、
抱きかかえようものなら全力で暴れた。

このタイミングで来たか…。

安心しきっていた自分を反省するとともに、
寂しげに“お母さんがいい”と泣いていた保育園の頃とは明らかに違う
彼の心の叫びみたいなものを目の当たりにして、
わたしはどうすることもできず、ただ涙ばかりが溢れてきた。


なんとか車に乗せて学校へ行くものの、
車内にしがみついてどうしようもない。

そんな騒ぎだから
次々と先生たちが出てきて
結局数人がかりで運ばれていく。


せめて落ち着くまでそばに…と思うのだが
「お母さん、まかせてください」と言われ
何が正解なのか分からないまま、
次男もいるため、ひとまず家に帰る。

長男の泣き顔と叫び声が脳内をループし、
結局何も手に付かない一日を過ごすのだ。



そんな日が何日か続き、
このままでいいのか、悩みの底なし沼にはまりそうだったとき、
担任の先生の口から聞いたのが「分離不安」だった。



つづく