母子分離不安(4)ひと山越えて、また次の山。

母子分離不安(1)はじまり
母子分離不安(2)先生と共に
母子分離不安(3)わたしにできること


note

車での送迎が1ヶ月半くらい続いただろうか。


長男はみずから
「◯日から歩いて行く」と言い出した。

手放しで大喜びしたかったが、
プレッシャーになるとまずい。
「そっか、わかった。
じゃあお母さんも一緒に行くね」とだけ伝えた。




久しぶりの歩いての登校だ。

わたしは長男のとなりに並んで歩いた。


わたしが少しでも離れると
すぐに泣きべそ顔になるのだが、
それでも学校まで
ちゃんと自分の足で歩くことができた。


学校の前で別れるときも
やっぱりすんなりとはいかなかったが、
先生方や、時には上級生の助けを借りて、
校門で別れることができるようになっていった。


置いていくわけにはいかない次男も
もちろん一緒だ。


往復1時間の道のりを
ずんずん歩いてくれる次男に感謝しつつ、
こうして、今度は徒歩で
長男と一緒に学校まで往復する日々が始まった。



徒歩での通学にも慣れてきた頃、
長男と一緒に、リビングの黒板に
学校までの道のりの地図を描いた。

次は、バイバイする場所を
少しずつ手前にしていくのだ。


地図を描いたときの長男は
決して不安そうではなく、
前向きな表情をしていた。


そして、
「明日は横断歩道のこっち側まででいい」と
自分で決めた。

校門の目の前の、ほんの3mくらいの横断歩道だ。

それでも彼にとっては川の対岸のような距離だろう。
そこでバイバイすると言うのだ。



もちろん、宣言したところで
うまく別れられるかは分からない。
それでも彼の決意を褒めて、
一緒に頑張ろうと話した。



結局は、いきなり3mは無理だった。


それでも、横断歩道の途中・・・
次は横断歩道の入り口で・・・
次は横断歩道の手前・・・

毎日少しずつ、長男は頑張った。
痛々しいほどに、毎日課題を掲げた。

わたしにできることは努めて明るく
「行ってらっしゃい!」と声をかけ、
笑顔で引き返すことだった。



そうして毎日着実に
わたしが歩く距離は短くなっていった。
彼が一人で歩く距離は長くなっていった。


そして遂に、
冬休みに入る前には
入学当時と同じように、
登校班のみんなと歩いていくようになった。
わたしがいなくても、
また登校できるようになったのだ。


安堵するとともに、わたし自身、
入学当時とは意識が180度変わっていた。


ほんの3ヶ月ほどの出来事だったが、
これまでの子育てのやり方を
根こそぎ掘り返したような時間だった。






あれから3年経ち、4年生になった長男。


翌日の授業の内容が知らされていなかったり、
発表をしなくてはいけない日には
うまく登校できないときもある。


連休の最終日の夜になると
“お母さんといっしょにいたい” と泣いてしまうし、
結局翌日は学校に行けないことも度々ある。

彼の分離不安は、まだ終わっていない。



1年生のとき、ひとつの山は越えたけれど、
まだまだ大なり小なり山は連なっていて、
毎度、母子で悩んだり苦しんだりしながら
学校生活を送っている。

この先も山や谷は続くと思っている。
でも少しずつ、わたしの手を離して
自分で乗り越えられるようになっていくのだと思う。
そんな成長を、焦らずに待とうと思う。




〜〜〜〜〜




母子分離不安の経験について
自分の覚書にもしておきたくて
長々と綴ってきました。

最後まで読んでくださり、
ありがとうございます。



幼稚園や保育園、
はたまた学校に行きたくないと泣いている子、
どうしたものかと悩んでいる親御さん、
たくさんたくさん居ると思います。


かれこれ10年、
そうした息子と過ごしてきた経験上、
「幼稚園(保育園)は楽しいよ」や
「お友だちいっぱいるよ」
「何も心配いらないよ」
「先生は優しいよ」
などのの言葉は無意味だと感じています。


分離不安の場合、
子どもは“バイバイ”が永遠の別れのように
思っています。

幼稚園や保育園、学校に行ったら、
もう二度とお母さんに会えないんじゃないかという程
大きな不安に包まれているのです。


だから「幼稚園(保育園)は楽しいよ」ではなく、
『待ってるね』ということを伝えてあげてください。


「幼稚園終わったら、おやつに◯◯を食べようね」
「保育園から帰ってきたら、一緒にお買い物にいこうね」
と、お母さんと再会できるイメージを持たせてあげてください。
もちろん、子どもの好きなことで。


それでぴたりと泣き止むことはないと思いますが、
子どもの耳にはちゃんと残っていて、
お母さんと離れているあいだ
“楽しみ” を持って過ごせると思います。



分離不安にはさまざまな原因や症状があるようですし、
子どもの性格も大きく影響します。

わたしにとって、長男の分離不安障害は
とてもつらく苦しいことだけれど、
たくさんのことを気づかせてもらっています。


長男がこうやって信号を出してくれなかったら・・・
わたしは今でも長男を追い詰め続けていたことでしょう。



とはいえ、まだ続く彼の“後追い”を
受け止めきれないときは今でもあります。

自分のキャパシティの少なさに
落ち込むこともあります。

それでも、昔よりは
長男のことを理解し、
受け止める心積もりはできているつもりです。



長男も未熟、わたしも未熟。


未熟者同士だと開き直って、
感情ぶつけあって
ワーワーぎゃーぎゃー騒ぎながら
また次の山にも挑んでいきたいと思っています。







そして、3年前に買ったあのノートは、
今も現役の わたしと長男の “交換”ノートです。



(Fin)









母子分離不安(3)わたしにできること

母子分離不安(1)はじまり
母子分離不安(2)先生と共に


note

正直、毎朝が苦痛でしかなかった。
長男は泣き、わめき、暴れて、
わたしを殴り、罵った。

たまらず
怒鳴り返してしまったことだって何度もある。

二人とも、心の中がめちゃくちゃだった。


学校って、こんな思いまでして
行かなくてはいけないところなのか…
という思いが常につきまとった。


休ませるという選択をすることだって出来た。
しても良かった。


でも担任の先生がすべて理解してくれて、
毎日こまめに電話をくれて、
わたしたち親子を支えて下さった。

それってすごく恵まれていること。

信じて進むしかないと思った。






その頃始めたのが、ノートに書く手紙だった。


入学してからずっと、長男の学校生活が
思いの外 順調だったのが嬉しくて、
わたしはいつも帰ったばかりの長男を
質問攻めにしていた。


学校での出来事を知りたい一心で
事細かに尋ねて、
宿題をするときもずっとそばにいた。
宿題のやり直しだって、
手を抜いたことがなかった。


完璧にしようとする長男に、
わたしも完璧を求めていた。


先生に「パンパンに膨らんだ風船」と
例えられてからというもの、
その一因が自分にあるということも痛感していた。



それを改めようと思い準備した一冊のノート。


尋ねることはもうしない。
だから、わたしのことを書こうと決めた。

何でもない、日々のこと。
長男と離れていた時間に、
わたしが何をしたのかということ。


『お昼ごはんにカレーをたべたよ。
からくて、あせがいっぱい出たよ。』

『さんぽに行ったら
大きな虫がいてびっくりしたよ。』

『ずっとパソコンでしごとをしていたら
かたがいたくなっちゃった。』


そんな他愛もないことを
昼間のうちにノートに書いて、
そっと机に置いておく。

読んだかどうか尋ねない。感想も求めない。

交換ノートとはいえない
ただ一方通行のノート。


それでも長男にとって
帰宅後の小さな楽しみになってくれることを願いながら
毎日欠かさず書き続けた。






そんな日々がしばらく続いた頃、
いつものように車で学校に到着した朝、長男が
「お母さん、教室まで一緒に来て」
と小さく言った。


先生に連れて行かれるのではなく、
自分で教室へ行くというのだ。



長男の手を取って教室へ向かうと、
先生が待っていてくれた。

自分の足で校舎に入れるようになったのだ。
小さく、大きな一歩だった。


次第に「靴箱のところでいい」と言うようになり
(大概、靴箱周辺にいる先生に付き添われる形になったが)、
自分で教室まで行けるようになった。






それから少しずつ
「登校班で行けるようになるといいね」
という話を始めた。


「◯◯(長男)が行けるかなって思ったら、教えてね。
お母さんも一緒にいくからね」と。

彼のプレッシャーのならぬよう、
彼のペースに合わせられるよう、
やんわりと背中を押してみた。







その頃だった。


ずっと続けていた一方通行ノートを
初めて長男が手渡してきた。


栞の挟んであるページを開くと



『おかあさん。いつもお手がみ、ありがとう。』 の文字。



嬉しくて嬉しくて、
また泣いてしまうわたしだった。









母子分離不安(2)先生と共に

前回の記事 母子分離不安(1)はじまり

toto

母子分離不安。

母と離れることに極度の不安を覚える状態だそうだ。


言い換えれば乳幼児期の「後追い」。
母親が視界からいなくなることが不安で
泣きながら後を追う。

しかし本来ならば
母から離れても母は存在し続けていて、
また会えるということを子どもは自然に学び、
2,3歳で「後追い」を卒業していく。


それが何かしらの原因や子どもの性格などで
「不安」を持ったまま成長することもある。

小学校低学年くらいならば
「母子分離不安」の子どもも
まだまだ珍しくないそうだ。



保育園に比べればストレスや緊張も多い学校生活。

担任の先生と面談したときには
「彼は、限界までパンパンに膨らんだ風船のよう。
少し突かれると破裂してしまうんですよね」

と言われ、改めて長男が限界まで
追い詰められていたことを知った。





分離不安の場合、
学校を休ませてゆっくり母親と過ごしたり、
保健室登校などの対処の仕方もあるだろう。
わたしもはじめはそれを望んだ。



しかし当時の担任の先生に、こう言われた。


「彼は完璧にできないとだめな子ですよね。
分からないことが1つでもあれば不安になって
もっと学校生活に戻れなくなる。

1年生の今、初めての運動会の練習中の今、
一日休むたびに
分からないことはどんどん増えます。
そうしたら彼はもっとパニックになって
登校するのが難しくなってしまうと思うのです。

お母さん、毎日つらいと思います。
大変だと思います。
でもお願いです。学校に連れてきて下さい。
私たちがきちんとフォローします」


分離不安ということをわかった上で、
長男の性格を考えた上で、
そういう提案をしてくださった先生。

そして一理あると、わたしも納得できた。

“分からないこと” “初めてのこと” が
とにかく苦手な長男。

“みんなが初めて”の一年生だからこそ、
踏ん張り時なのかもしれない。


それなら、と賭けてみることにした。



(3)につづく